陸八魔アルの盛大なる誕生日パーティー
「アルちゃん、誕生日おめでとー!」
「おめでとうございますアル様!」
「……おめでと」
「ふふっ、ありがとうみんな。便利屋68も有名になったことだし、これからもますますアウトローとして磨きを掛けていくわよ。差し当たっては今後の抱負として――」
「もうアルちゃん、そんなことよりケーキ食べよケーキ! 私お腹すいちゃった」
「ろ、ロウソク立てますね。へ、へへっ」
「ハルカ、そんなに沢山立てなくていいよ。剣山みたいになってる」
「ああ! ごめんなさいごめんなさい! し、死んでお詫びを」
「もうハルカちゃんったら、おめでたい席で野暮なこと言わないの!」
「は、はい!」
「ちょっと不格好だけど、味は保証するよ……じゃあ社長、火、消して」
『誕生日おめでとう!』
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パチリ、と目が覚める。
目を開けたアルが見たものは、便利屋の事務所でも空き地に立てたテントの屋根でもなく、ごく普通の一室の天井だった。
「ここは……」
「おや、目が覚めたようですね」
柔らかなベッドで微睡みながら天井を見上げていると、横から声が掛かった。
僅かに視線をずらして声の主を見ると、キリノが煙草を咥えながら銃の整備をしていた。
「魘されていたようですけど、夢見でも悪かったんですか?」
「私が魘されて? いいえ、とても嬉しい夢を見ていたような……」
幸せな夢を見ていたはずなのに、起きてしまえば靄が掛かったように判然としない。
夢とはそういうものだし、覚えていないという事は大したことでもなかったのだろう。
「寝過ぎは体に毒ですよ。起きたらどうです?」
「ええ、そうするわ」
身体を起こしたアルは、ベッドの横に転がされていた箱から煙草を一本取り出して咥えた。
「ねぇ、火を頂戴。いつもみたいに」
「見てわからないんですか? 今は整備中で銃で火は付けれませんよ」
キリノはライターを使わずとも、銃の弾丸を跳弾させて掠めることで、摩擦で火をつけることができる。
アルにその曲芸を披露して以来、こうしてねだることはよくあった。
しかしバラバラになった銃では、いくら百発百中のキリノといえど不可能だ。
銃を机に置いたままベッドに浅く腰掛けると、キリノは既に火の付いていた煙草を咥えてアルに近づけた。
「まったく……これで我慢してくださいね」
「ん……」
火の付いた煙草の先端がアルの煙草に接触し、熱が伝播してアルの煙草からゆらりと煙が立ち上った。
息を吸い込むと、甘い砂糖の香りが肺へと充満し、痺れるような陶酔感が訪れる。
何度も味わった砂糖の快楽が、アルに幸福感を与えてくる。
「美味しい……寝起きの一服は効くわね」
「良かったです。それじゃ本か……私はそろそろ出ますね」
「待って!」
離れようとしたキリノの服の端を掴んでアルは叫んだ。
「ど、どうかしましたか?」
「一服して思考がクリアになったから思い出したのよ。今日は……私の誕生日だったってことを!」
「え? ええええ!? そうだったんですか!?」
「そうよ!」
アルは強く断言する。
ゴタゴタがあって忘れていたが、3月12日はれっきとした陸八魔アルの誕生日なのだ。
「お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう。もっと祝福の声を上げるべきね。いつかキヴォトスの祝日になるんだから、ちゃんと覚えておいて」
「そうですね!」
キリノの賛同にアルは気分を良くする。
今朝の夢はきっと、誕生日を忘れるなという警告だったのだろう。
中々粋なことをしてくれるものだ。
「こうしてはいられません! ハナコ様に相談しないと……!」
「え……?」
――――――――――――――――――――――――――――
「そうだったんですね♡ では盛大にお祝いしましょうか♡」
「え……?」
――――――――――――――――――――――――――――
「誕生日は大事。スケジュールに空きは作ったから安心なさい。全員呼ぶわ」
「え……?」
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「さあアルちゃんの誕生日だ~! みんな~今日はアビドスの祝日にするよ~!」
――ウオオォォォォォオオオオオオッ!!
「ええええええええっ!?」
アルは白目をむいていた。
誕生日だということを思い出したから親しい数人に祝いの言葉をもらえれば十分だと思っていたら、あれよあれよという間に規模が大きくなり、アビドス全体で祝う流れになってしまった。
いわゆるお誕生日席に座らされ、どでかいケーキが目の前に鎮座している。
(どうしてこうなったの~~っ!?)
トクトクとワイングラスにアビドスサイダーを注がれて準備万端となり、誕生日を祝うために集まった少女たちが今か今かと待ち望んでいる。
「混乱してるようだねぇ。アルちゃん」
「ホシノ、どうして急にこんな……全員で祝うならホシノたちの方が先なんじゃ……」
実のところアルが一番困惑しているのは、ホシノたちを差し置いて自分がこれだけ祝われているからだ。
こんな盛大な誕生日パーティーなんて今まで聞いたことがない。
「まあまあ、それにはちょっとした事情があるんだよ~」
「はい♡」
「事情? 事情っていったい?」
「おじさんの誕生日は1月2日でねぇ」
「私が1月3日、なんと次の日なんです♡」
「そ、そうだったの。知らなかったわ」
「私が2月19日。せっかくなら元旦だったら三が日続けてになるから面白かったのにね」
「まあそんな珍しいことはないよねぇ」
アルはホシノとハナコとヒナの誕生日を知った。
確かに続いているがそれでパーティーが開けないとはどういうことだろうか?
「おじさんとハナコちゃんの誕生日を続けてやると、みんな疲れちゃうじゃない? 二日続けて祝日みたいにすると、今やっている事業とかも進まなくなるし」
「だから止めようって思ったんですよ♡ ヒナさんは離れているから大丈夫だったんですけど」
「2人がしてないのに私だけやるのは違う。私たちの間で確執があるとか変な噂が立っても困るし」
「でもおじさんたちが自粛してたらみんながはっちゃけれないじゃない? だからちょうど良かったんだよ」
「はい♡ みんなで騒ぐ日を作るのはストレス発散の面で必要かと思いまして、アルさんの誕生日は渡りに船でした♡」
「だからアル、気にしなくていいのよ。みんな誕生日にかこつけて騒ぎたいだけだから。でも祝いたい気持ちが無いわけじゃないのよ?」
「そうだったのね……まるっと理解したわ!」
ホシノたちの話を聞いて納得がいった。
ならば遠慮する必要はない、とアルは立ち上がり、アビドスサイダーの入ったグラスを掲げた。
「私は陸八魔アル! 最強のアウトローを目指す女。依頼があるなら私に頼ると良いわ。完璧にこなしてあげる!」
――わあああああああっ!
勢いよく啖呵を切ったアルに、少女たちの歓声が返って来る。
これだ、これこそが求めていたものだったのだ、とアルは高揚する気持ちを抑えられない。
「今日はアルちゃんが主役だからねぇ。おじさんが切り分けてあげよ~」
「あら、ありがと」
そっけなく返すが、アビドスでトップのホシノが手ずからケーキを切り分けていることに、アルは得も言われぬ満足感に満たされていた。
「急なお話でしたけど、味は保証しますよ♡ なんてったって高純度の砂糖をふんだんにしようしていますから♡」
「最初の一口を食べられるのは幸せなことよ」
ハナコとヒナに促され、ケーキをぱくりと口に含む。
「あまい……」
濃厚な甘みと、脳髄を貫くような衝撃。
幸福に思考が塗りつぶされる。
『アル! 止めて!』
「おいしい……」
『止めてくださいアル様!』
「しあわせ……」
『アルちゃん、戻って来てよ……』
前身に広がる多幸感に身をゆだね、ぼ~っとしているとホシノが声を掛けて来た。
「どう、おいしい?」
「ええ、とっても! ありがとうホシノ。こんなに嬉しい誕生日は初めてだわ!」
「良かった~。じゃあ本格的にパーティを始めよ~」
ホシノの号令で少女たちがわあっと沸き立つ。
思い思いにケーキを食べる様子を横目に、アルは再び残りのケーキを口に運んだ。
こんなに美味しいケーキを食べられる自分は特別な存在だと、みんなに自慢したくなった。
「あれ? みんなって誰かしら?」
ふと思い立った言葉に、アルは首を傾げる。
だがすぐに思い直した。
みんなはみんなだ。
便利屋68アビドスのみんなに決まっている。
みんなはこんなにも自分を祝福してくれているのだから。
ケーキを食べて祝福され、誰もが笑っているのだからそれが正しいに違いない。
一瞬頭をよぎった夢の声を気にすることもなく、アルは高らかに宣言した。
「さあ! まだまだ食べるわよ!」
意地汚い? いいやこれは正当な権利なのだ。
そう言ってアルは山のように大きなケーキへと飛び込んでいった。
狂乱のパーティは終わらない。